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記事入力 : 2014/04/23 08:54

靖国:米大統領訪日前日に国会議員147人が参拝


 日本の新藤義孝総務相と与野党の国会議員146人が22日、靖国神社の春季例大祭に合わせて集団で参拝した。A級戦犯が合祀されている靖国神社には、安倍晋三首相が前日、5万円相当の供物を奉納したが、今度は総務相と国会議員が集団で参拝したというわけだ。今年の春季例大祭は今月21日から23日まで行われている。

 「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」に所属する超党派の議員146人は、米国のオバマ大統領が日本に到着する23日を避け、この日午前に集団で靖国神社に参拝した。自民党の高市早苗政調会長や衛藤晟一首相補佐官、民主党の羽田雄一郎参議院幹事長など、与野党の重鎮がこの中に含まれる。一方、新藤総務相はこれとは別に、同日午前に参拝した。

東京=安俊勇(アン・ジュンヨン)特派員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

 安徽電視台の番組中、警官の一人が、同性愛小説を書いたり読んだりすることは同性愛を推奨する行為、として嫌悪感を露わにした。この発言は、中国のネットユーザー達を怒らせた。

 「これはサイバースペースの掃除ではない。純粋な差別だ。私が死ぬまでに中国の上に虹(ホモセクシュアルの象徴)の旗が翻ることはないだろう。」等のコメントが微博(中国のSNS)に寄せられた。

抗排外主義…韓日の友好を訴えるソウル市内パレード

「NO! RACISM」を呼びかけながら行進する参加者
 【ソウル】日本の排外主義者による反韓デモに抗議し、韓日の友好と親善を訴えるパレードが20日、ソウル市鍾路区で行われた。主催したのは「日韓なかよくしようぜ会」(桜井信栄会長、南ソウル大学日本語科助教授)。

 「NO! RACISM」「私は韓国が好きで、韓国は私が好きです」などと書かれたプラカードや横断幕を掲げた数十人が安国洞ロータリーを出発。光化門教保ビル前まで約2時間かけて行進した。仁寺洞では各店から流ちょうな日本語で「がんばれー!」「ありがとう!」といった声援が届いた。

 パレードを終えた参加者からは、「こういったパレードやデモをやることで、レイシズムがすぐになくなるわけではないし、効果があるかも分からない。けれども、そこで新たに同じ想いを持つ仲間と知り合い、横にどんどん広がっていくこと、広げていくことがいちばん効果的なことなのではないか」といった声が聞かれた。

 桜井会長によれば、旅客船沈没事故の直後とあって開催自粛も考えたという。だが、「こういうときこそ、連帯する気持ちを表すこのパレードで、韓国の方々を応援できたらとの想いで開催した」と話している。

 この日の同時刻、「差別反対東京アクション」でも「ソウルパレード」の趣旨に賛同した「NO! RACISM日韓友好東京パレード」を新宿区内で繰り広げた。

(2014.4.23 民団新聞)

 (via mindan)

抗排外主義…韓日の友好を訴えるソウル市内パレード

「NO! RACISM」を呼びかけながら行進する参加者
 【ソウル】日本の排外主義者による反韓デモに抗議し、韓日の友好と親善を訴えるパレードが20日、ソウル市鍾路区で行われた。主催したのは「日韓なかよくしようぜ会」(桜井信栄会長、南ソウル大学日本語科助教授)。

 「NO! RACISM」「私は韓国が好きで、韓国は私が好きです」などと書かれたプラカードや横断幕を掲げた数十人が安国洞ロータリーを出発。光化門教保ビル前まで約2時間かけて行進した。仁寺洞では各店から流ちょうな日本語で「がんばれー!」「ありがとう!」といった声援が届いた。

 パレードを終えた参加者からは、「こういったパレードやデモをやることで、レイシズムがすぐになくなるわけではないし、効果があるかも分からない。けれども、そこで新たに同じ想いを持つ仲間と知り合い、横にどんどん広がっていくこと、広げていくことがいちばん効果的なことなのではないか」といった声が聞かれた。

 桜井会長によれば、旅客船沈没事故の直後とあって開催自粛も考えたという。だが、「こういうときこそ、連帯する気持ちを表すこのパレードで、韓国の方々を応援できたらとの想いで開催した」と話している。

 この日の同時刻、「差別反対東京アクション」でも「ソウルパレード」の趣旨に賛同した「NO! RACISM日韓友好東京パレード」を新宿区内で繰り広げた。

(2014.4.23 民団新聞)

(via mindan)

お遍路さんに冷や水…四国県内各地で外国人排斥ビラ
 お遍路さんとなって四国霊場八十八カ所を巡る巡礼者に冷や水を浴びせる外国人排除を呼びかけた貼り紙が最近、現地で見つかった。徳島県警は「おもてなしの精神に反する」として軽犯罪法違反(はり札乱用)容疑で情報収集を急いでいる。

 この貼り紙は、遍路道の案内役や巡礼作法を手ほどきする「先達」に外国人として初めて認定された崔象喜さん(ソウル市在住)が貼った案内シールを中傷するもの。実行犯は自らレイシスト(人種差別主義者)を名乗り、「朝鮮人の貼った気持ち悪いシールを見つけ次第、はがしましょう」と呼びかけている。愛媛、徳島、香川の3県にある巡礼者が使う休憩所内など、これまでに少なくとも12カ所で見つかった。

 高知新聞は11日付社説「国を汚しているのは誰だ」で、「内容は近年、都市部などで問題になっているヘイトスピーチ(憎悪表現)そのものだ。これを一部の跳ね上がり者の行為として見過ごすことはできない。差別的行為の放置は、差別を容認したと受け止められる」と警鐘を鳴らしている。

 今年は四国八十八カ所霊場ができて1200年という節目の年。遍路道はゴールデンウイークの人気観光地としてにわかに脚光を浴びており、外国からの観光客も多く押しかけるものと見られている。

(2014.4.23 民団新聞)

朝鮮人虐殺裏付ける…「歴史に見る震災展」
 【千葉】国立歴史民俗博物館(佐倉市城内町)は、開催中の企画展「歴史にみる震災」で関東大震災時の朝鮮人虐殺を取り上げている。平安時代前期から近代まで、日本列島を襲った数々の大震災を取り上げ、被害と救援、復興までトータルに振り返るのが狙い。

 朝鮮人虐殺を取り上げた「殺された人びと」と題した1枚のパネルは、関東大震災がほかの地震災害と大きく異なる特徴として、1,軍事的な非常時治安体制として戒厳令が宣告されたこと2,関東地方で生活していた朝鮮人・中国人、そして監視対象であった社会主義者・無政府主義者などに対する虐殺事件が発生したことを挙げている。

 国立歴史民俗博物館研究部の荒川章二教授は、「公的機関の資料に現れた数字を積み上げていけば、殺傷事件の被害者は少なくとも4桁に達する。朝鮮人6000人が殺害されたという数字は十分信憑性がある」との見解を明らかにした。

 事件を裏付ける資料として東京都公文書館が所蔵する内務省警保局「大正十二年九月一日震災後に於ける警戒警備一班」と、陸軍が殺害に加わったと記録されている関東戒厳令司令部「震災警備ノ為兵器ヲ使用セル事件調査標」の官庁資料が写真で展示されている。

 また、震災から1カ月後に民間が発行した相撲番付と同じ体裁の「関東大震火災大番附」も興味深い。そこには「殺されやがった大杉栄」「鮮人に似たのが仰々不運」「九月七日流言火語取締令出ず」などと書かれている。なお、常設展示の第五室「近代」でも映像や絵を使って朝鮮人虐殺の事実を伝えている。

 企画展は5月6日まで。問い合わせはハローダイヤル03・5777・8600。

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都内ゆかりの現場で追体験
フィールドワーク5月に

 関東大震災時に多くの同胞が犠牲となったゆかりの地を歩くフィールドワークが5月11日、東京都墨田区で行われる。

 案内するのは、地元荒川河川敷を中心として虐殺の実相に迫る調査と追悼に取り組む西崎雅夫さん(グループほうせんか代表)。コースは朝鮮人犠牲者追悼碑の建つ横網町公園、「感謝の碑」で知られる法泉寺、旧寺島警察署跡、荒川旧四ツ木橋土手下。

 当日12時30分、JR総武線両国駅西口集合。主催団体は「関東大震災時朝鮮人虐殺の事実を知り追悼する神奈川実行員会」(yamamoto.sumiko@gmail.com)。

(2014.4.23 民団新聞)

mindan

国立歴史民俗博物館研究部の荒川章二教授は、「公的機関の資料に現れた数字を積み上げていけば、殺傷事件の被害者は少なくとも4桁に達する。朝鮮人6000人が殺害されたという数字は十分信憑性がある」との見解を明らかにした。

仙台市議夫人ら招き交流の集い…婦人会宮城本部
 【宮城】婦人会宮城本部(李京子会長)は同本部初となる「日韓夫人の集い」を企画。10日、女性の仙台市議と市議夫人ら25人を宮城韓国会館に招き、手作りの韓国料理でもてなした。

 婦人会からは李会長をはじめとする役員23人が出迎えた。

 民団宮城本部を代表して田炳樽団長が歓迎のあいさつ。これに応え、仙台市議会日韓議員連盟の鈴木繁雄会長が、「同じ仙台市民どうし、仲良くして、明るい地域社会を一緒につくっていただきたい」と呼びかけた。

(2014.4.23 民団新聞)

古代文字交流は韓日の未来を語る

1990年に在阪同胞が中心になって創始し、今に続く「四天王寺ワッソ」は、古代東アジア諸国の交流を描いた歴史絵巻だ写真
■□
正される韓半島欠落史観
「新事実」発掘相次ぎ

 日本では今でも、自らの古代国家形成に関する記述に「大陸から伝来」、「大陸の影響」といった表現が目につく。「半島も大陸の一部」という認識からではあるまい。韓半島は中国を主とした大陸文明の単なる通路に過ぎず、その文明にさほどの独自性はないとするかつての帝国主義史観、90年代からはびこった修正主義史観ほどではないにせよ、韓国を一段低く見ようとするならい性がゆえに、韓半島からの「伝来」・「影響」を矮小化する意識が働くのだろう。

 こんな例もある。正倉院宝物の中でも逸品として知られ、中国は唐時代の制作とされてきた「木画紫檀碁局」は、宮内庁正倉院事務所の調査で本体に松と見られる木材が使われていることが分かり、木簡や工芸品の部材として松を多用した韓半島でつくられた可能性が出てきた。同事務所の保存科学室長は「出来が良い物は中国製と考えられがちだが、意匠だけに頼った制作地の判断を見直す必要がある」と話している(日本経済新聞13年5月9日付から)。

 「出来が良い物は中国製」という「日本の常識」から、韓半島の文明は視野の片隅に追いやられがちだったことが分かる。しかし、韓日両国では古代史に関連する「新事実」の発掘が相次ぎ、韓半島から日本列島への「伝来」・「影響」の大きさが改めて注目され始めている。

 ここで取り上げる「文字文化」の分野も例外ではない。言語学者の河野六郎・東京教育大名誉教授(12~98年)は57年に、「日本における漢字使用は朝鮮半島における実験を前提としている」との見解を表明していた。だが、この卓見は物的根拠が充分でなかったために支持されるには至らなかった。

 本書は、「古代日本と古代朝鮮の文字文化交流」と題する「歴博国際シンポジウム」(12年12月・東京)で披露された10年にわたる研究成果の一端をまとめたものだ。シンポには韓日の壁、古代史・考古学・言語学・文学・美術史といったジャンル、また重鎮や気鋭の世代などを超え、12人の第一人者が一堂に会している。

文字資料の情報研究は新局面に

 「はじめに」で日本古代史専攻の平川南・国立歴史民俗博物館館長(今年3月まで)は、「漢字のふるさとは中国」という意識が強かった日本では、中国と日本の間にある古代韓国の文字文化には十分に目を向けてこなかったが、古代日本における5~7世紀の文字文化の確立期に古代韓国がきわめて重要な影響を与えているとの考えが定着してきたと強調した。

 日本では全国各地で木簡・漆紙文書・墨書土器・銅印など膨大な文字史料が出土しており、調査・研究が韓国よりはるかに先行していた。一方の韓国は、5~7世紀の石碑資料が豊富とはいえ、木簡は6~8世紀のものが700点余りが確認されるにとどまっている。

 しかし、「近年の日本では、断片的な文字資料が出土する例はあるものの、まとまった文字数を持つ新たな古代文字資料の発見はまれ」なのに対し、韓半島では「現在でも毎年のように驚くような新資料が見つかっている」(韓国古代史専攻の李鎔賢・国立大邱博物館学芸研究士)。これら文字資料は文献資料とは異なる情報をもたらし、古代日本史と密接に関わる古代韓国史の研究は新たな局面を迎えているという。

 以下、本書の注目点を紹介する(便宜上、一部では韓半島を「半島」、日本列島を「列島」と表記した)。

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「日本」形成へ大きな役割
類似性 木簡が証明…度量衡や職名、「国字」まで

 文字・度量衡 「(実質的な)年号の書かれた日本最古の木簡」(621年)として注目度が高い法隆寺金堂釈迦三尊像の台座墨書銘に、「椋費(くらのあたい)」との記述がある。「椋」は物を収納するクラを意味する文字で、半島で独自に作り出された。「費」はカバネ(姓)のアタイ(よく知られる表記は直)であり、「椋費」はクラでの出納業務を職掌とした渡来系氏族を指す。

 日本で有名な「出挙木簡」の出挙(すいこ)とは、種稲を民衆に貸し付け収穫時に5割の利息とともに返納させる稲の貸付制度であり、8世紀以降の律令制下で定着したものだ。

 百済の都があった扶余の遺跡から、官人に相当する人たちに「食」を貸し付けた記録と思われる「佐官貸食記」(618年)と題する木簡が出土している。「貸食」が「貸稲」と類似するだけでなく、貸付額の5割を利息とする慣行が百済ではすでに7世紀前半の段階で成立していたことも明らかになっている。

 「佐官貸食記」が借りた穀物を返納することを「上(たてまつる)」、未納分を「未」と表現している点、穀物の単位として「半(5升)」・「甲(2升5合)」などを用いていることも「出挙木簡」と共通している。日本独自の要素が強いと言われてきた出挙は、いまや東アジア世界の枠組みの中で捉えるべきものとなった。

 国訓・国字 前出の「椋」はクラという日本独自の国訓(漢字に国語をあてて読む読み方)とされてきた。だが、慶州・雁鴨池から「椋司」と書かれた硯が出て、韓日ともに倉庫のクラを「椋」と表記していたことが分かっている。

 また、国字(日本でつくられた漢字)とされてきた「蚫(あわび)」、「畠」なども韓国出土の木簡に記されていた。国字についても、中国の漢字と日本にある文字との比較だけで考え、韓国の資料を検討材料に含めてこなかった。国字とされる文字は、「大漢和辞典」に載るものだけでも141字あり、そのうちどれくらいが国字と言えるのか、これからの検証課題になっている。

 職名 職業人についての表現にも類似性がある。西河原宮ノ内遺跡(琵琶湖東岸)から出土した木簡の裏面にある「文作人」などがそうだ。578年に当たる年紀を持つ韓国の塢作碑という石碑にすでに職名の「文作人」が登場する。稲荷山鉄剣の「仗刀人」、江田舟山鉄刀の「典曹人」などと同じく、3文字で職を表すことが半島から伝わった。

 道上遺跡(岩手県)から出土した「禁制(きんぜい)木簡」には、「この田んぼに勝手に入るな」といったことなどが書かれている。人通りの多いところに立てる「告知札」とは違い、掲げるだけでその役割を果たす「禁制」の資料は韓国でも存在が確認された。

 文体 漢字で固有語の文を書き表す文体が半島で成立し、列島に伝えられた。例えば、時格の助詞にあてる用法が早くから知られている「中」。「某月中」と書けば、中国語ではその朔日から晦日までの1カ月間を指すが、韓日では前月・某月・翌月という時の流れの中のひと月を意味する。

 現代日本語で「。」にあたる「之」は、中国では強い語勢を示す字として文中の意味的な切れ目に使われるときがあったが、半島で文末を示す字として規範化され、そのまま日本に導入された。「空格(文字を記さない空白。1字文に満たない場合も多い)」を文意の大きな切れ目におくことも共通する。固有語の文に添って筆を運ぶ呼吸が文字列に表れたのであろう。

背後に思想理念記録技術を含む

 半島では6世紀代から木簡が多用されており、列島はその蓄積されたノウハウを効率よく摂取できたため、初期の段階から多様な木簡が存在し得た。「論語」「千字文」など中国のテキストを書いた木簡が都ばかりか地方からも出土している。7世紀後半から8世紀前半に集中しており、文字の習得とこれら木簡の存在は密接に関わる。半島の文字文化は文字そのものだけでなく、その背後にある思想、理念、精神性、記録技術などを含み込んで列島各地に広まっていた。

 担い手 複雑な過程をたどることが多い書面作成の担い手にも注目すべきだ。その一人に百済系の高丘比良麻呂(たかおかのひらまろ)がいる。祖父は白村江の敗戦で渡日したらしく、父親は楽浪河内(ささなみのこうち)といって文雅に秀で、学問を司る大学寮の頭(かみ=長官)を務めた。比良麻呂は政権交代にもかかわらず重用され、内廷財政を司る内蔵寮の助(すけ=次官)や頭、朝廷の書記局トップである大外記を務めた。持ち前の優れた行政技術・書類作成技術が必要とされたのであろう。

 「椋」から「倉」へ しかし、半島では660年に百済が滅亡、3年後の白村江の戦いで新羅・唐連合軍が百済遺民・倭国連合軍を破り、667年には統一新羅が誕生するなど激動が続いた。白村江での敗戦後、新羅への警戒心を強め国家形成を加速させていた日本は、中国とより直接的に向き合うようになった。その結果、たとえばクラの字が「椋」から「倉」に変わるなど、7世紀までの韓半島的な要素を消し去ろうとする強い意志が見てとれるようになる。

■□
古代東アジアのロマン紡ぐ
若手研究者の進出に期待

 歴博シンポは、李明博大統領の独島上陸(12年8月)、日本政府による尖閣諸島国有化(同9月)からさほど間のない開催だった。李成市・早稲田大文学学術院教授(朝鮮史・東北アジア史専攻)は閉会の辞でこう述べている。

 「東アジア諸国間に厳しい問題がもちあがり、相互不信という負の連鎖に陥った。私は古代史研究に従事しながらも、古代史研究は過去にとどまる学問ではなく、現在と未来に大いに関わっていると信じている。このたびのシンポでも日韓の若手研究者の活躍が顕著だった。それは、この間の学術交流の賜物でもあり、今後に大いに期待したい」

 学問と政治は分離されるべきであり、ましてや一時的な政治状況に左右されるべきではないとはいえ、研究者たちが韓日、日中間をおおった暗雲を意識しなかったはずはない。それだけに、古代東アジアのロマンを紡ぐ研究活動が現在と未来に関わると信じる姿勢が強調されたのであろう。若手の進出が著しく、学術交流の基盤が手堅くなっているのも頼もしい。

 現在の努力が過去の姿を整えていく。その過去が現在をあらしめる。この関係はつねに双方向でありながら、昨今は、現在の思惑によって過去を変形させる力が強くなってきた。しかし、古代史に限らず歴史研究の重みは未来学を上回るものであろう。

 『古事記』『日本書紀』には、韓半島から優れた学問・技術を携えた人々が渡来し、定着していった経緯が記されている。日本の国家形成の途上で渇望されたのは、暦・天文・宗教、そして外交・内政の行政システムの確立だ。それを導入するには文字の習得が必須条件だった。歴博シンポはその時期に、韓半島の文字文化が重要な役割を果たしたことを検証を通じて浮き彫りにした。

 平川氏はシンポをこう結んだ。

 「これまで日本古代史の研究では、東アジア史を政治史中心にみてきたが、実はひとつの文字、ひとつの発音を通しても東アジアの全体の動きを解明できる可能性が生まれた。有力な手がかりとなる資料が日本列島と朝鮮半島の地下に無尽蔵に眠っていよう。文字文化交流史の研究成果を両国が共有し、現在そして未来に向かっての日本と韓国との深い交流の原点として生かしてゆくべきではないか」

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話題の書を読む

 「歴博国際シンポジウム 古代日本と古代朝鮮の文字文化交流」

 国立歴史民俗博物館、平川南編。大修館書店。定価=本体3800円+税。03(3868)2651

 国立歴史民俗博物館は今年3月で開館31年。日本の歴史・文化を原始・古代から近・現代まで総合展示する日本唯一の機関だ。文献史学・考古学・民俗学および自然科学を含む関連諸学の学際的共同を通じて、現代的視点と世界的視野のもとに、日本の歴史・文化に関する基盤的、先進的研究の推進を唱っている。

 今年10月には、国際企画展示「文字がつなぐ‐古代の日本列島と朝鮮半島」を韓国の研究機関と共催する。

(2014.4.23 民団新聞)

 (via mindan)

古代文字交流は韓日の未来を語る

1990年に在阪同胞が中心になって創始し、今に続く「四天王寺ワッソ」は、古代東アジア諸国の交流を描いた歴史絵巻だ写真
■□
正される韓半島欠落史観
「新事実」発掘相次ぎ

 日本では今でも、自らの古代国家形成に関する記述に「大陸から伝来」、「大陸の影響」といった表現が目につく。「半島も大陸の一部」という認識からではあるまい。韓半島は中国を主とした大陸文明の単なる通路に過ぎず、その文明にさほどの独自性はないとするかつての帝国主義史観、90年代からはびこった修正主義史観ほどではないにせよ、韓国を一段低く見ようとするならい性がゆえに、韓半島からの「伝来」・「影響」を矮小化する意識が働くのだろう。

 こんな例もある。正倉院宝物の中でも逸品として知られ、中国は唐時代の制作とされてきた「木画紫檀碁局」は、宮内庁正倉院事務所の調査で本体に松と見られる木材が使われていることが分かり、木簡や工芸品の部材として松を多用した韓半島でつくられた可能性が出てきた。同事務所の保存科学室長は「出来が良い物は中国製と考えられがちだが、意匠だけに頼った制作地の判断を見直す必要がある」と話している(日本経済新聞13年5月9日付から)。

 「出来が良い物は中国製」という「日本の常識」から、韓半島の文明は視野の片隅に追いやられがちだったことが分かる。しかし、韓日両国では古代史に関連する「新事実」の発掘が相次ぎ、韓半島から日本列島への「伝来」・「影響」の大きさが改めて注目され始めている。

 ここで取り上げる「文字文化」の分野も例外ではない。言語学者の河野六郎・東京教育大名誉教授(12~98年)は57年に、「日本における漢字使用は朝鮮半島における実験を前提としている」との見解を表明していた。だが、この卓見は物的根拠が充分でなかったために支持されるには至らなかった。

 本書は、「古代日本と古代朝鮮の文字文化交流」と題する「歴博国際シンポジウム」(12年12月・東京)で披露された10年にわたる研究成果の一端をまとめたものだ。シンポには韓日の壁、古代史・考古学・言語学・文学・美術史といったジャンル、また重鎮や気鋭の世代などを超え、12人の第一人者が一堂に会している。

文字資料の情報研究は新局面に

 「はじめに」で日本古代史専攻の平川南・国立歴史民俗博物館館長(今年3月まで)は、「漢字のふるさとは中国」という意識が強かった日本では、中国と日本の間にある古代韓国の文字文化には十分に目を向けてこなかったが、古代日本における5~7世紀の文字文化の確立期に古代韓国がきわめて重要な影響を与えているとの考えが定着してきたと強調した。

 日本では全国各地で木簡・漆紙文書・墨書土器・銅印など膨大な文字史料が出土しており、調査・研究が韓国よりはるかに先行していた。一方の韓国は、5~7世紀の石碑資料が豊富とはいえ、木簡は6~8世紀のものが700点余りが確認されるにとどまっている。

 しかし、「近年の日本では、断片的な文字資料が出土する例はあるものの、まとまった文字数を持つ新たな古代文字資料の発見はまれ」なのに対し、韓半島では「現在でも毎年のように驚くような新資料が見つかっている」(韓国古代史専攻の李鎔賢・国立大邱博物館学芸研究士)。これら文字資料は文献資料とは異なる情報をもたらし、古代日本史と密接に関わる古代韓国史の研究は新たな局面を迎えているという。

 以下、本書の注目点を紹介する(便宜上、一部では韓半島を「半島」、日本列島を「列島」と表記した)。

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「日本」形成へ大きな役割
類似性 木簡が証明…度量衡や職名、「国字」まで

 文字・度量衡 「(実質的な)年号の書かれた日本最古の木簡」(621年)として注目度が高い法隆寺金堂釈迦三尊像の台座墨書銘に、「椋費(くらのあたい)」との記述がある。「椋」は物を収納するクラを意味する文字で、半島で独自に作り出された。「費」はカバネ(姓)のアタイ(よく知られる表記は直)であり、「椋費」はクラでの出納業務を職掌とした渡来系氏族を指す。

 日本で有名な「出挙木簡」の出挙(すいこ)とは、種稲を民衆に貸し付け収穫時に5割の利息とともに返納させる稲の貸付制度であり、8世紀以降の律令制下で定着したものだ。

 百済の都があった扶余の遺跡から、官人に相当する人たちに「食」を貸し付けた記録と思われる「佐官貸食記」(618年)と題する木簡が出土している。「貸食」が「貸稲」と類似するだけでなく、貸付額の5割を利息とする慣行が百済ではすでに7世紀前半の段階で成立していたことも明らかになっている。

 「佐官貸食記」が借りた穀物を返納することを「上(たてまつる)」、未納分を「未」と表現している点、穀物の単位として「半(5升)」・「甲(2升5合)」などを用いていることも「出挙木簡」と共通している。日本独自の要素が強いと言われてきた出挙は、いまや東アジア世界の枠組みの中で捉えるべきものとなった。

 国訓・国字 前出の「椋」はクラという日本独自の国訓(漢字に国語をあてて読む読み方)とされてきた。だが、慶州・雁鴨池から「椋司」と書かれた硯が出て、韓日ともに倉庫のクラを「椋」と表記していたことが分かっている。

 また、国字(日本でつくられた漢字)とされてきた「蚫(あわび)」、「畠」なども韓国出土の木簡に記されていた。国字についても、中国の漢字と日本にある文字との比較だけで考え、韓国の資料を検討材料に含めてこなかった。国字とされる文字は、「大漢和辞典」に載るものだけでも141字あり、そのうちどれくらいが国字と言えるのか、これからの検証課題になっている。

 職名 職業人についての表現にも類似性がある。西河原宮ノ内遺跡(琵琶湖東岸)から出土した木簡の裏面にある「文作人」などがそうだ。578年に当たる年紀を持つ韓国の塢作碑という石碑にすでに職名の「文作人」が登場する。稲荷山鉄剣の「仗刀人」、江田舟山鉄刀の「典曹人」などと同じく、3文字で職を表すことが半島から伝わった。

 道上遺跡(岩手県)から出土した「禁制(きんぜい)木簡」には、「この田んぼに勝手に入るな」といったことなどが書かれている。人通りの多いところに立てる「告知札」とは違い、掲げるだけでその役割を果たす「禁制」の資料は韓国でも存在が確認された。

 文体 漢字で固有語の文を書き表す文体が半島で成立し、列島に伝えられた。例えば、時格の助詞にあてる用法が早くから知られている「中」。「某月中」と書けば、中国語ではその朔日から晦日までの1カ月間を指すが、韓日では前月・某月・翌月という時の流れの中のひと月を意味する。

 現代日本語で「。」にあたる「之」は、中国では強い語勢を示す字として文中の意味的な切れ目に使われるときがあったが、半島で文末を示す字として規範化され、そのまま日本に導入された。「空格(文字を記さない空白。1字文に満たない場合も多い)」を文意の大きな切れ目におくことも共通する。固有語の文に添って筆を運ぶ呼吸が文字列に表れたのであろう。

背後に思想理念記録技術を含む

 半島では6世紀代から木簡が多用されており、列島はその蓄積されたノウハウを効率よく摂取できたため、初期の段階から多様な木簡が存在し得た。「論語」「千字文」など中国のテキストを書いた木簡が都ばかりか地方からも出土している。7世紀後半から8世紀前半に集中しており、文字の習得とこれら木簡の存在は密接に関わる。半島の文字文化は文字そのものだけでなく、その背後にある思想、理念、精神性、記録技術などを含み込んで列島各地に広まっていた。

 担い手 複雑な過程をたどることが多い書面作成の担い手にも注目すべきだ。その一人に百済系の高丘比良麻呂(たかおかのひらまろ)がいる。祖父は白村江の敗戦で渡日したらしく、父親は楽浪河内(ささなみのこうち)といって文雅に秀で、学問を司る大学寮の頭(かみ=長官)を務めた。比良麻呂は政権交代にもかかわらず重用され、内廷財政を司る内蔵寮の助(すけ=次官)や頭、朝廷の書記局トップである大外記を務めた。持ち前の優れた行政技術・書類作成技術が必要とされたのであろう。

 「椋」から「倉」へ しかし、半島では660年に百済が滅亡、3年後の白村江の戦いで新羅・唐連合軍が百済遺民・倭国連合軍を破り、667年には統一新羅が誕生するなど激動が続いた。白村江での敗戦後、新羅への警戒心を強め国家形成を加速させていた日本は、中国とより直接的に向き合うようになった。その結果、たとえばクラの字が「椋」から「倉」に変わるなど、7世紀までの韓半島的な要素を消し去ろうとする強い意志が見てとれるようになる。

■□
古代東アジアのロマン紡ぐ
若手研究者の進出に期待

 歴博シンポは、李明博大統領の独島上陸(12年8月)、日本政府による尖閣諸島国有化(同9月)からさほど間のない開催だった。李成市・早稲田大文学学術院教授(朝鮮史・東北アジア史専攻)は閉会の辞でこう述べている。

 「東アジア諸国間に厳しい問題がもちあがり、相互不信という負の連鎖に陥った。私は古代史研究に従事しながらも、古代史研究は過去にとどまる学問ではなく、現在と未来に大いに関わっていると信じている。このたびのシンポでも日韓の若手研究者の活躍が顕著だった。それは、この間の学術交流の賜物でもあり、今後に大いに期待したい」

 学問と政治は分離されるべきであり、ましてや一時的な政治状況に左右されるべきではないとはいえ、研究者たちが韓日、日中間をおおった暗雲を意識しなかったはずはない。それだけに、古代東アジアのロマンを紡ぐ研究活動が現在と未来に関わると信じる姿勢が強調されたのであろう。若手の進出が著しく、学術交流の基盤が手堅くなっているのも頼もしい。

 現在の努力が過去の姿を整えていく。その過去が現在をあらしめる。この関係はつねに双方向でありながら、昨今は、現在の思惑によって過去を変形させる力が強くなってきた。しかし、古代史に限らず歴史研究の重みは未来学を上回るものであろう。

 『古事記』『日本書紀』には、韓半島から優れた学問・技術を携えた人々が渡来し、定着していった経緯が記されている。日本の国家形成の途上で渇望されたのは、暦・天文・宗教、そして外交・内政の行政システムの確立だ。それを導入するには文字の習得が必須条件だった。歴博シンポはその時期に、韓半島の文字文化が重要な役割を果たしたことを検証を通じて浮き彫りにした。

 平川氏はシンポをこう結んだ。

 「これまで日本古代史の研究では、東アジア史を政治史中心にみてきたが、実はひとつの文字、ひとつの発音を通しても東アジアの全体の動きを解明できる可能性が生まれた。有力な手がかりとなる資料が日本列島と朝鮮半島の地下に無尽蔵に眠っていよう。文字文化交流史の研究成果を両国が共有し、現在そして未来に向かっての日本と韓国との深い交流の原点として生かしてゆくべきではないか」

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話題の書を読む

 「歴博国際シンポジウム 古代日本と古代朝鮮の文字文化交流」

 国立歴史民俗博物館、平川南編。大修館書店。定価=本体3800円+税。03(3868)2651

 国立歴史民俗博物館は今年3月で開館31年。日本の歴史・文化を原始・古代から近・現代まで総合展示する日本唯一の機関だ。文献史学・考古学・民俗学および自然科学を含む関連諸学の学際的共同を通じて、現代的視点と世界的視野のもとに、日本の歴史・文化に関する基盤的、先進的研究の推進を唱っている。

 今年10月には、国際企画展示「文字がつなぐ‐古代の日本列島と朝鮮半島」を韓国の研究機関と共催する。

(2014.4.23 民団新聞)

(via mindan)

韓国観光応援団が発足…団長に、はるな愛さん

登録895人

 多くの人に韓国の魅力を伝える「韓国観光応援団の発足式」が13日、東京・新宿区の韓国文化院で行われ、応援団長にタレントのはるな愛、副団長にDJの古家正亨さんがそれぞれ任命された。期間は1年間。

 応援団に登録した895人は、口コミやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で韓国の魅力を発信していくほか、韓国観光公社主催のイベント参加、韓国モニターツアーなどに協力する。

 応援団長のはるな愛さんは「こんなに大勢の韓国好きの人と一緒に仕事ができてうれしい。多くの日本人に韓国の楽しさを広めたい」と抱負を語った。

 韓国観光公社の康重石東京支社長は「政治問題を乗り越えるには人的交流を増やす以外にない。昨年の韓日双方向往来者520万人を、今年は2割増に」と目標を掲げた。

(2014.4.23 民団新聞)

 (via mindan)

韓国観光応援団が発足…団長に、はるな愛さん

登録895人

 多くの人に韓国の魅力を伝える「韓国観光応援団の発足式」が13日、東京・新宿区の韓国文化院で行われ、応援団長にタレントのはるな愛、副団長にDJの古家正亨さんがそれぞれ任命された。期間は1年間。

 応援団に登録した895人は、口コミやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で韓国の魅力を発信していくほか、韓国観光公社主催のイベント参加、韓国モニターツアーなどに協力する。

 応援団長のはるな愛さんは「こんなに大勢の韓国好きの人と一緒に仕事ができてうれしい。多くの日本人に韓国の楽しさを広めたい」と抱負を語った。

 韓国観光公社の康重石東京支社長は「政治問題を乗り越えるには人的交流を増やす以外にない。昨年の韓日双方向往来者520万人を、今年は2割増に」と目標を掲げた。

(2014.4.23 民団新聞)

(via mindan)

在留カード変更手続き…永住者に案内通知
 法務省入国管理局は特別永住者と一般永住者に限り、在留カードへの変更手続きの案内を個別に出す、とこのほど明らかにした。時期は来年1月としている。実現すれば、在日同胞が更新遅延に伴う不利益(1年以下の懲役または20万円以下の罰金)を被るケースは少なくなりそうだ。対象者は特別永住者だけでも37万7689人と見積もられている。

来年1月をメドに 法務省入管局

 外国人登録証明書が廃止される前は、最寄りの自治体が、外国人登録原票に記載されている確認日の前に更新の案内通知を出していた。それでも更新遅延は珍しくなかったという。事態を重視した民団は、更新時期の案内を要望事項のトップに掲げ、全国の入管局に要望してきた。民団中央本部の朴相泓事務副総長は、「担当者からは来年1月に案内を出すと聞いている。課題は残っているが、これはこれで一歩前進」と話している。

 民団愛知本部の姜裕正事務局長も「民団の粘り強い要望を真摯に受け止め、更新案内通知の送付を決めたことに対しては、一定の評価をしたい」と述べた。

 一方、民団兵庫本部の金相英事務局長は、「たとえ来年1月に通知を出しても、次の切り替え時期の通知はどうなるのか。法務省がこれからも一貫してやるという保証はない。民団として手を緩めず、引き続き交渉を継続していくべきだ」としている。

 入国管理局によれば、2013年7月までに特別永住者証明書を交付したのは2万2765件と、特別永住者全体の約6%にとどまっている。一方、一般永住者を含む中長期在留者への在留カード交付件数は128万4896人で特別永住者より格段に進んでいる。

(2014.4.23 民団新聞)

兵役義務に質問集中…「移動大使館」巡回説明会
 駐日韓国大使館は12日、韓国中央会館で在日同胞に影響の大きい税務や兵役問題などについての説明会「第4回同胞幸福・移動大使館」を行った。管轄の同胞居住地域を訪問して昨年から実施している巡回領事サービスの一環。今回は民団東京本部(金秀吉団長)が主管し、東京在住の在日同胞を中心に韓人会、留学生など130人が参加した。

 まず、日本国内で導入された日本以外に5000万円を超す財産を有する人が対象となる「国外財産調書提出制度」については、李東雲税務官が調書の作成用紙や見積価格の例示方法について平易に説明した。今年こそ猶予されるものの、来年からは故意の未提出や虚偽申告等に対して懲役や罰金刑などの罰則が科される。

 続いて在日同胞の兵役義務については、参加者の関心も高く、質問が相次いだ。

 崔勝哲領事は在外国民2世の韓国内での就学や営利活動などを中心に説明したが、兵役法は複雑多岐にわたることから、参加者から「よく理解できない」との声も聞かれた。

 このほか、「最近の北韓情勢及び南北関係の動向」について秋碩容統一官が講演した。
(2014.2.26 民団新聞)

(via mindan)

(via mindan)

「40・50代交流」強化…在日社会統合に道開く

 2014年度前半期全国地方団長・中央傘下団体長会議が17日、韓国中央会館(東京都港区南麻布)で開かれ、民団再生、民族主体性確立、韓日友好促進の3大運動を柱とした新年度活動方針の重点事項と前半期集中活動について理解を深めた。多様化した在日同胞社会の大統合推進、支部活性化事業への支援強化、後継者養成全国40代・50代ワークショップ(交流会)の6月実施、夏休み期間中のオリニジャンボリーと次世代母国研修の開催などを確認した。

 呉公太中央本部団長はあいさつで「我々には約70年を誇る民団の活動実績と在日同胞の財産を受け継ぐ次世代をしっかりと育てていく責任がある」と述べ、「昨年立ち上げた未来創造プロジェクト推進本部の提言を軸に、民族財産の保全と活用、次世代育成と同胞社会の大統合、そして時代に対応した組織活性化を大胆に進める」と表明した。

 また「韓日関係が厳しい中で、わが国と日本は来年、国交正常化50周年を迎える。節目の年を良好な関係の中で迎えられるよう、これまで以上に韓日の懸け橋として、民間の次元で友好親善活動に努力しなければならない」と強調した。

 呉団長は、あいさつの冒頭で、前日に珍島沖で起きた旅客船沈没事故に言及、1人でも多くの救助を願ってやまないと表明した。

 続いてあいさつした金漢翊議長と韓在銀監察委員長も、沈没事故に言及、同じ思いを述べた。その上で、民団、同胞社会をめぐる状況には厳しいものがあるが、一致団結して懸案の解決に尽力しようと呼びかけた。

 李丙琪大使は祝辞(金容吉総領事代読)で、韓日関係について「両国が相互信頼と尊重の精神に基づき歴史を直視して共通利益の分野を拡大していくならば、現在の困難を克服して相生と協力の関係に進める」と強調。民団には「在日同胞社会の求心点として継続発展し大統合推進を期待する。韓日関係が厳しい時にこそ一丸となり、大使館と在日同胞社会が一層緊密に協力しなければならない」と要望した。

 顧問団を代表してあいさつした丁海龍常任顧問は「民団は団結した力を示すことで同胞の信頼に応えてきた。内外の懸案の克服・解決のためにも団結した姿を示さなければならない」と促した。

 団務報告に続く団務示達では、民団再生、民族主体性確立、韓日友好促進の3大運動を確認するとともに、▽在日同胞社会の大統合推進▽後継者養成全国40代・50代ワ‐クショップ実施▽支部活性化支援の拡大▽「みんだん生活相談センター」全国化の推進など同胞生活支援▽次世代育成運動の一環として第8回オリニジャンボリー開催、中学・高校・大学生を対象とした母国研修実施▽韓日国交樹立50周年を来年に控え韓日友好親善運動の促進▽ヘイトスピーチ対策の強化▽新外国人在留管理制度および外国人住民登録制度の内容の周知徹底と施行改善および法改正等要望活動継続などについて河政男事務総長が解説した。

 会議ではまた、ヘイトスピーチ対策強化と関連して呂健二中央副団長から「人権擁護委員会」の設置に関する報告と、韓商連問題について担当の林三鎬中央副団長から報告・説明を受けた。

 団務報告にさきだち、今年度地方大会・総会で新たに選出された栃木、福島、富山、大分、徳島の5本部団長と定期中央大会で新たに選出された朴善岳婦人会中央本部会長、および今年度再選された西東京、北海道、青森、愛媛の4地方本部団長と青年会中央本部会長が紹介された。また出席した前職の栃木、福島、富山、大分、徳島本部団長に対する感謝牌の贈呈が行われた。

第95回済州国体選手団引率団長…金炳鍾氏に委嘱状伝達

 この日の全国地方団長・中央傘下団体長会議では、10月28日から11月3日まで済州特別自治道で開かれる第95回全国体育大会の在日同胞選手団引率団長に選ばれた金炳鍾関西済州道民協会顧問に、呉公太中央団長から委嘱状が手渡された。

(2014.4.23 民団新聞)

 (via mindan)

「40・50代交流」強化…在日社会統合に道開く

 2014年度前半期全国地方団長・中央傘下団体長会議が17日、韓国中央会館(東京都港区南麻布)で開かれ、民団再生、民族主体性確立、韓日友好促進の3大運動を柱とした新年度活動方針の重点事項と前半期集中活動について理解を深めた。多様化した在日同胞社会の大統合推進、支部活性化事業への支援強化、後継者養成全国40代・50代ワークショップ(交流会)の6月実施、夏休み期間中のオリニジャンボリーと次世代母国研修の開催などを確認した。

 呉公太中央本部団長はあいさつで「我々には約70年を誇る民団の活動実績と在日同胞の財産を受け継ぐ次世代をしっかりと育てていく責任がある」と述べ、「昨年立ち上げた未来創造プロジェクト推進本部の提言を軸に、民族財産の保全と活用、次世代育成と同胞社会の大統合、そして時代に対応した組織活性化を大胆に進める」と表明した。

 また「韓日関係が厳しい中で、わが国と日本は来年、国交正常化50周年を迎える。節目の年を良好な関係の中で迎えられるよう、これまで以上に韓日の懸け橋として、民間の次元で友好親善活動に努力しなければならない」と強調した。

 呉団長は、あいさつの冒頭で、前日に珍島沖で起きた旅客船沈没事故に言及、1人でも多くの救助を願ってやまないと表明した。

 続いてあいさつした金漢翊議長と韓在銀監察委員長も、沈没事故に言及、同じ思いを述べた。その上で、民団、同胞社会をめぐる状況には厳しいものがあるが、一致団結して懸案の解決に尽力しようと呼びかけた。

 李丙琪大使は祝辞(金容吉総領事代読)で、韓日関係について「両国が相互信頼と尊重の精神に基づき歴史を直視して共通利益の分野を拡大していくならば、現在の困難を克服して相生と協力の関係に進める」と強調。民団には「在日同胞社会の求心点として継続発展し大統合推進を期待する。韓日関係が厳しい時にこそ一丸となり、大使館と在日同胞社会が一層緊密に協力しなければならない」と要望した。

 顧問団を代表してあいさつした丁海龍常任顧問は「民団は団結した力を示すことで同胞の信頼に応えてきた。内外の懸案の克服・解決のためにも団結した姿を示さなければならない」と促した。

 団務報告に続く団務示達では、民団再生、民族主体性確立、韓日友好促進の3大運動を確認するとともに、▽在日同胞社会の大統合推進▽後継者養成全国40代・50代ワ‐クショップ実施▽支部活性化支援の拡大▽「みんだん生活相談センター」全国化の推進など同胞生活支援▽次世代育成運動の一環として第8回オリニジャンボリー開催、中学・高校・大学生を対象とした母国研修実施▽韓日国交樹立50周年を来年に控え韓日友好親善運動の促進▽ヘイトスピーチ対策の強化▽新外国人在留管理制度および外国人住民登録制度の内容の周知徹底と施行改善および法改正等要望活動継続などについて河政男事務総長が解説した。

 会議ではまた、ヘイトスピーチ対策強化と関連して呂健二中央副団長から「人権擁護委員会」の設置に関する報告と、韓商連問題について担当の林三鎬中央副団長から報告・説明を受けた。

 団務報告にさきだち、今年度地方大会・総会で新たに選出された栃木、福島、富山、大分、徳島の5本部団長と定期中央大会で新たに選出された朴善岳婦人会中央本部会長、および今年度再選された西東京、北海道、青森、愛媛の4地方本部団長と青年会中央本部会長が紹介された。また出席した前職の栃木、福島、富山、大分、徳島本部団長に対する感謝牌の贈呈が行われた。

第95回済州国体選手団引率団長…金炳鍾氏に委嘱状伝達

 この日の全国地方団長・中央傘下団体長会議では、10月28日から11月3日まで済州特別自治道で開かれる第95回全国体育大会の在日同胞選手団引率団長に選ばれた金炳鍾関西済州道民協会顧問に、呉公太中央団長から委嘱状が手渡された。

(2014.4.23 民団新聞)

(via mindan)

「人権擁護委」が発足…ヘイトスピーチなど対処
 民団中央本部人権擁護委員会(委員長=李根茁・前宮城県本部団長)が17日の2014年度前半期全国地方団長・中央傘下団体長会議で発足した。

 人権擁護委員会は、2月19日の第68回定期中央委員会で、在日同胞を主なターゲットとするヘイトスピーチなどへの対策委員会を早期に発足させるべきだとの強い要請があり、その間、呉公太団長を中心に準備会議を重ね検討した結果、民団規約第26条に依拠して専門委員会として設置が決まったもの。全国地方団長会議前日の16日に開かれた第13回中央執行委員会で承認された。

 目的として1.ヘイトスピーチなどに対する確固とした情報発信を行う2.排外的風潮に対して在日の人権保障を訴える3.マスコミ、メディア対策を講究する4.人権保障と差別禁止のための法制定要求活動を行う5.市民団体との連携および支援を強化する6.全国的なネットワークを設けて鋭意対処することなどを謳っている。

(2014.4.23 民団新聞)

在日社会募る悲痛焦燥…固唾のみ捜索注視

珍島室内体育館で待機し懸命な救出・捜索活動を見守る行方不明者の家族たち
民団中央 全組織で募金開始へ

 乗員乗客476人を乗せ、仁川から済州に向かっていた韓国の旅客船「セウォル号」(6825㌧)が16日朝、全羅南道珍島沖で転覆・沈没した事故は、6日間147時間が経過した22日正午現在、官・軍・民あげての懸命な救出・捜索活動にもかかわらず、救助されたのは174人にすぎず、行方不明者は依然197人を数えている。犠牲者遺族や不明者家族の悲憤は募っており、在日同胞社会にも沈痛が重苦しく広がっている。事態を注視してきた民団中央本部は、募金活動を組織的に展開することにした。

 事故発生の翌17日、午前から始まった「2014年度前半期全国地方団長・中央傘下団体長会議」の冒頭あいさつで、呉公太中央本部団長は、「乗客の大半が修学旅行中の高校生(325人)だ。あまりにも痛ましい。しかし今は、一人でも多くの命が救われるよう念じるほかない」と沈痛な面持で語りかけた。金漢翊議長、韓在銀監察委員長もあいさつでそれに続いた。

 中央本部にはこの17日から、「救出作業が難航している。我々の心情を伝えるためにも、物心両面での支援を急ぐべきではないのか」「犠牲者が増えている。弔慰金を出したいがどうすればいいのか」「民団はどう対応するつもりか」といった要求や問い合わせが在日同胞や日本人、韓日のメディアから寄せられ始めた。

 中には、今年2月に慶尚北道慶州市で起きたリゾート施設での屋根崩落事故(100人超の学生が死傷)、聖水大橋崩落(94年。中高生ら32人死亡)、三豊百貨店崩落(95年。502人死亡)など過去の惨事をあげながら、韓国における安全軽視の風潮・体質の表れにほかならないと嘆く声も少なくない。

 また、セウォル号が12年10月に日本から購入した老朽船であるうえに総トン数を800㌧増やす改造をしていたこと、非常時対応訓練がほとんど行われていなかったこと、さらには船長ら乗組員が乗客救出義務を放棄したことなどから人災の極みだと指摘する一方、救出・不明者捜索が続いているさなかに事態を政治利用しようとする動きがあることに憂慮を示す意見も目立った。

 韓国の海難事故で過去最悪だったのは、93年の西海フェリー転覆沈没事故だ。110㌧で定員は乗組員14人、乗客207人だったにもかかわらず計362人が乗船、そのうち死者・行方不明者は292人にのぼった。

 呉団長は22日、「じっとしてはいられない焦燥にかられている。しかし、過去最悪の事態になるなどとは考えたくない」と述べ、「懸命な救出・捜索活動が続いている。今は何よりも、犠牲者遺族や不明者家族の心情に寄り添い、不明者が一人でも多く救出されるよう、すべての海外同胞が切実に願っていることを伝えたい」と語った。

 民団は組織募金を28日(月)から5月28日まで展開するとともに、事態の推移を見極め、犠牲者への哀悼と遺家族の心痛を慰労する事業を執り行う考えだ。

■募金

あすか信用組合 恵比寿支店 口座番号=(普)0072031

口座名義=旅客船沈没惨事募金 呉公太
(リョキャクセンチンボツサンジボキン オゴンテ)

(2014.4.23 民団新聞)

改定兵役法に懸念の声…全国事務局長会議で憤出

兵務庁当局者(右)から説明を受ける全国の事務局長ら
94年以降出生者が矢面に

 「在外国民2世」として兵役の義務を留保できる在日同胞でも、94年以降の出生者は法改正に伴い、本人の意思にかかわらず兵役につかねばならないケースが出てきたことに対して、18日、韓国中央会館で開催された14年度前半期全国事務局長会議でも懸念する声が相次いだ。

 冒頭、民団中央のある関係者は次のようなケースを想定して疑問を表した。「特別永住者の父親と韓国から嫁いできた新定住の母親の間で子どもが生まれたとしよう。母親が本国の空気に触れさせよう、あるいは祖父母に会わせようと韓国に連れて行くことが考えられる。滞在日数を超えたために、子どもが成人してからいきなり兵役の義務があると言われたら戸惑うだろう」。

 母国修学生への影響も大きいと見られている。17歳以前であれば通算3年以内は初・中・高で修学することは可能だが、4年制大学では24歳以内、同6年制では26歳までしか滞在できない。

 会場の鄭幸廣さん(東京・渋谷支部事務部長)からは、「94年以降の出生者が日本で大学受験に失敗し、2浪、3浪あるいは5浪したうえで韓国の大学に入学しようとしたら、年齢制限はどうなるのか」という質問が出た。これに対して、兵務庁の当局者は、「母国修学制度の年齢制限などは兵務庁内部でも問題点が指摘されている。しかし、短期間で変更できる問題ではない。ご理解を賜りたい」と述べるにとどまった。

 民団中央本部の朴相泓事務副総長(生活局長兼任)も疑問をぶつけた。「幼児期、および少年期における滞在日数の制限は兵務庁の内規と聞いた。しかも、それによって『在外国民2世』資格が消滅するようになったのも最近になってからだ。まったく広報していない状態でいきなり施行されるのは問題ではないか」。兵務庁当局者も「まったくそのとおりだ」と認めざるをえなかった。

■□
改定兵役法

 20~37歳までの韓国籍者は原則、国民として兵役の義務を負う。ただし、海外で出生するか、国内で出生しても6歳以前に海外に出国し、17歳まで本人と父母が海外に居住したケースは「在外国民2世」として認められ、兵役期間が終わる37歳まで兵役の義務を留保することができる。ただし、94年1月1日以降の出生者で1,海外移住法によって永住帰国した人2,7歳から17歳までの間に1年で6カ月以上(183日以上)国内に滞在した人3,国内就業などの営利活動を行った人は「在外国民2世」ではなく一般永住者として扱われ、兵役の義務を置う。これは12年1月1日から施行された改定兵役法に基づく。

(2014.4.23 民団新聞)